タップマスターズ

Tap Masters 不屈のフィル・ブラック」  ITA会報誌の特注記事より抜粋

昨秋、ブラック氏の生涯にわたるダンスへの貢献を讃えるイベント「フィル・ブラック タ ップ・エクスペリエンス」 (2004年10月9日-11日)がニューヨークで開催された。フィル・ブラック氏はダンスに深い興味を持ち、 叔父の手ほどきで社交ダンスを始める。(18歳で海軍に入軍。2年間在籍) 後にカリフォルニアの有名なアーサー・マレー・ダンススタジオで社交ダンスを教えていたが、彼のダンスへの熱い情熱はニューヨークへと向わせた。

そこでアーネスト・キャロズに師事することとなる。彼は、仲間であるブロードウェイのダンサー達について行くのにかなりの努力が必要であることをすぐに悟り、夜は港で働き授業料を稼ぎながら、できるだけ多くのレッスンを受け努力を続けた。そして、彼はまもなく才能を開花させ、パフォーマー(歌とダンス)、振り付け師として活躍し、ジュディ・ガーランド、ハリー・ベラホォンテ、ジェリー・ルイス、ミッキー・ルーニー、トニー・ベネットらと共に共演した。

その後、ジャズ・ダンスを教え始めるようになる。キャロル氏が現役を退いてからは、スタジオを受け継ぎ「フィル・ブラック・スタジオ」を設立する。彼は、ブロードウェイ・ミュージカル「アニー」に出演する多くの子供たちや全国から彼を探し求めて集まって来たダンサーたちをプロとして通用させるために厳しく指導した。その厳しさは「フィル・ブラックのレッスンをこなせばどんなオーディションでも通用する」と言われるほどだった。その証拠に「42ndstreet」 (オリジナル・ショー)のダンサーの内、75%が彼の生徒であった。そして、彼の実力は、ゴールディ・ホーン、アイリーン・キャラ、マドンナ、ライザ・ミネリ、ジョン・トラボルタなどの多くの大スターを輩出するまでになる。ブラック氏は現在、パーキンソン病と診断され、闘病中だがその進行度は一般の患者よりも遅い。彼の仕事への情熱と硬い意志が進行を遅らせているとも言われている。


「Sarah Petronio 」 サラ・ペトロニオ

インド出身。19歳でニューヨークへ移住。その後、パリに渡る。そのパリでタップ界のレジェンドとして名高いJimmy Slydeと運命的に出逢い、彼のタップに感銘を受け、師事を受ける。ほどなくして、2人は、ダンスパートナーとして、ヨーロッパ各地のコンサートやジャズフェスティバルにて“It’s About Time”を披露。
“The First Lady of Swing”とジミーに称賛され、女性ジャズタップダンサーとして圧倒的な存在感を示す事となる。彼女の独創的で斬新なタップとインプロのスタイルは、世界中のジャズクラブやタップフェスティバルで注目を浴び続けている。
New York Tap City Hoofer of the Year Award (2005)、Soul to Sole Tapestry Award (2007)など、数々の賞を受賞。現在はパリに拠点を構え、“Jazz in Motion”、“When Tap Meets Jazz”等のライブをプロデュースし、タップ・ボディパーカッショニストのLeela Petronioやフランスの多才なジャズ・ミュージシャン達と共演している。



「Ms.Barbara Duffy 」 バーバラ ダフィー

NYで活躍するタップダンサー。またタップダンスの講師としても有名で、日本人ダンサーにも彼女のクラスを受けた人は多いはず・・・。1995 年までブレンダバッファリーノ女史のアメリカタップダンスオーケストラ(ATDO)に所属し、ダンスキャプテンとして活躍した後、フリーとなる。現在は、女性だけのタップダンスカンパニーを作り活躍するほか、世界各国を駆け回ってタップダンスを教えている。

イギリス、シカゴなどの新聞でも彼女のパフォーマンスは絶賛されている。グレゴリーハンズ氏の「グレゴリーハンズショー」 「ガラフォーミスタープレジデント」でグレゴリーハンズ氏と大統領前でパフォーマンスをするほか、テレビでは「セサミストリート」でジミースライド氏、バスターブラウン氏、セビオングローバー氏などのタップ界の大御所と共演。「グレートパフォーマンセスタップダンスインアメリカ」では、ブレンダバファリーノのATDO で活躍する。そのほか、マンハッタンビレ大学の兼任講師なども務めた。彼女のタップダンスに大きな影響を与えたと言われるタップダンサーには、ブレンダバファリーノ女史、グレゴリーハンズ氏、リオンコリンズ氏(ダイアンウォーカー女史の先生)がいる。日本には初来日!